干支九星 人生の師の見つけ方とは?人生の師匠・目標となる人間を求めたが故に壊れていく人

日々の気づき

あなたに人生の師と呼べる人は居ますか?
「はい!居ます!」と迷いなく答えられる人は幸せな人です。

けれど人生の師を求めたが故に辛い状況になった人も居るのです。
私の経験と共に、人生の師の選び方、探し方を記事にしてみました。

「人生の師と呼べる人に出会いたい」
「理想の人間に出会い、自分を高めていきたい」
そう思っている人に読んで頂ければと思います。

人生の師と呼べる人に巡り合いたい!

私は若い頃から「尊敬する人は?」と聞かれると、困っていました。子供の頃に偉人伝などを読んで、「立派な人がいるんだなあ」と思う事は度々でしたが、それが「尊敬」には繋がりませんでした。

たぶん、人生について真剣に考えるような事をしなかったせいだと思います。

友達の中には「自分が嫌いで嫌いで、ずっと悩んでいた、変わりたかった」という人もいますが、そういう人は自分をしっかり見つめて、何が大事か考え悩んできた人かもしれません。

私はそういう事を悩みませんでした。

子供の頃は自分の事が大好きで、自惚れ屋で、自分が世界の中心だと思っていました。

そうして大人になり、なんとかかんとか親の最期を見送り、育児が終わり・・・
そして、ふと自分を顧みると、自分がちっとも成長していない事に気付いてしまいました。

「ああ・・何も考えずにこんなに年を取ってしまった!」
「頭の中が中2の頃から進歩してない!」

自分を高める為の努力を、何年も何年もした事が無かったのですから当然です。

何種類かの新興宗教に勧誘されたり(面倒すぎて全て断る)
ネットワークビジネスに勧誘されたり(これも面倒で断る)、
ママ友からランチに勧誘されたり(この勧誘は楽しかった💗でも太った💗)
なんだかフラフラと何かを求めていました。

そしてぼんやりと
「人生の師が欲しい」
「目標となる人物に出会えたらこんな自分でもマシになるのでは?」と考えていました。

そんな時に・・

この人が私の人間性を高めてくれる人生の師匠?本当に?

知り合いのA子さんに
「私、今○○を習っているんだけど、一緒に習いません?」
「その先生って、とっても綺麗な女性で、人格も素晴らしいし、接遇も教えて下さるの。舟湖さんの人間性を高めるのに役に立つと思う。ぜひ紹介したいんです」
と熱烈なお誘いを頂きました。

私はその○○という習い事に一切興味は無かったけれど、誠実で正直なA子さんがこんなにも勧めて下さるのだから、習ってみよう、と思いました。

A子さんの仰るとおり、先生はご高齢ではあるけれど、華やかな美しい女性でした。そして、何でもが一流好み。

自信に満ちて、自分の価値を知っている人でした。どの角度でどう見せれば自分が美しいか、分かっていらっしゃいました。

でも実は・・最初からちょっぴりの違和感は有りました。

依怙贔屓された私とポロポロ涙を流すA子さん

私は先生に対する違和感を押し殺しました。

なぜなら信頼するA子さんが勧めてくれる先生ですし、素敵な女性であることは間違いないのです。

だから私は、その先生から教えて頂ける事はできるだけ吸収してみよう、先生のされる事はとりあえず真似してみよう、と思い、先生の一挙手一投足を最後列から、じっと観察していました。

そして気付いてしまったのは・・
A子さんは先生から厳しく指導されていて、混乱している、混乱すればするほど自分を否定して先生に依存している、ということでした。

先生は、先生に尽くす人、先生に上手に甘える人、先生を褒めまくる人、先生に付いて行きますと宣言する人・・・そういう生徒がお気に入りでした。

A子さんは真面目で向上心が有り、そして先生の事を心から尊敬していましたから、先生も一目置く存在でしたが、でも、少し不器用で、先生の指導をすっと身に付けられない所が有りました。

私は新入りの身ではありましたが、A子さんがする事を見ている時に「あ!それは前回に先生が他の人を叱咤したこと。それやっちゃダメ!」とハラハラする事が有り、実際A子さんは他の生徒さんの前で、誰よりも厳しく指導されていました。

新入りの生徒はこれでもかと褒め上げて、その後「もうこの生徒は自分から離れて行かない」と判断してから、厳しく指導するのが、先生のメソッドで、A子さんは「何を言っても離れて行かない人」として、先生から認定されていたのだと思います。

ですから先生は新入りの私をずいぶん褒めて下さいました。そして私を入会させたA子さんに対して、私と比較しては「あなたはダメだ」と叱るという方法を取っていました。

「舟湖さんは3か月でこれが出来て、あなたは2年もやってて出来ないなんて!」というふうに。

A子さんを発奮させ、もっと伸ばしたかったのだと思いますが、先生に対しての第一印象での違和感は、この指導法や叱り方にも感じました。

そんな叱られ方をしてもA子さんは、私に対して意地悪するような事も無く、
「舟湖さんは先生の仰る事がすぐわかるのね。羨ましい。私は何度言われても分からないの」と言って、ポロポロと涙を流していました。

「私が新入りで、厳しい事を言ったらすぐ辞めちゃいそうだから、先生は私を褒めるだけなんですよ!」
といくら言っても、心が悲しみでいっぱいになったA子さんに納得して貰う事はできませんでした。

私はとても居心地が悪かったし、A子さんが叱られるのを見るのが辛かったので、1年くらいで、そーっとその教室から遠ざかりました。

いくら魅力的な先生であっても、長年私とお付き合いをしてくれて生真面目で心優しいA子さんの方が、私にはずっと大事だったのです。

人生の師を決めたせいで壊れていく人

私はその教室を、不義理と言われるような辞め方をしました。

下手な字で先生に感謝と脱会のお手紙を書いて、何度も先生から連絡を頂いたにもかかわらず、辞める理由も告げず「すみません」としかお返事しないで、そのまま教室に行かなくなりました。

人づてに聞いた話ですが、先生は「舟湖さんには本当にがっかりした。あんな人だと思わなかった。」と仰っていたそうです。

その後もA子さんは一途に先生の教えを受け続け、そして先生の態度が辛いと言って、私の家に来ては泣いていました。

また別の時には高価な洋菓子を手土産で持ってきて
「舟湖さんが一番辛い時に支えてあげられなくてごめんなさい」
「私の導きが足りなくてごめんなさい」
と言って泣きました。

その時の私は、A子さんが私の何に対して支えてくれようと思ったのか訳が分からず、キョトンとしながらもお菓子だけは有難く頂く(断る訳にもいかないし)というような事が何度か有りました。

最初の頃は「自分がバカだから」と言って泣いていたA子さんですが、徐々に他の生徒さんの悪口を言う様になりました。

私が好きだった、誠実で優しくてちょっと天然で朗らかだったA子さんがどんどん変わって来た、ハッキリ言うと「壊れてきた」という印象でした。

純粋なA子さんは先生を心から尊敬していたのです。

尊敬する先生から叱られる自分は、本当にダメな人間なんだと自己否定に陥ってしまったのだと思います。

先生からの叱責が辛くて心が壊れそうになって、先生に高価なプレゼントをしたり、誰かのお世話をする自分という立場を取りたくなったり、他の生徒さんの悪口が止まらなくなったりしていたのかも知れません。

その時のA子さんの顔が悲しみや憎しみに歪んでいたのを思い出します。

もう、先生から離れたら?

先生は素敵な女性でしたが、私の「人生の師匠」ではありませんでした。でもそれは先生の所為ではありません。

A子さんも人生の師を求めていて、「この先生に付いて行こう」と私よりもずっと生真面目に考えていたと思います。

人生の師なんて、そうそう簡単に見つかるものではないし、その人の全人格を正しいものとするのは危険です。それは、新興宗教の教祖への気持ちと同じかも知れません。

人の意見をいったん取り入れて考えてみるのは大事な事ですが、価値観を他人に委ねてしまっては、自分を生きているとは言えないように思います。

純粋過ぎるが故に少しずつ天真爛漫さを失っていくA子さんに
「もう、先生から離れたら?」と私はお節介な助言をしては、ただでさえ辛い気持ちでいるA子さんを何度も泣かせました。

私の考えが浅かったです。思い出すとチクリと胸が痛みます。

元の幸せオーラ全開のA子さんに戻って欲しくて、普段は使わないような強い言葉を使ったりして・・・私の伝え方も最悪でした。

でも私も、もしもA子さんを叱責する先生を目の当たりにしなければ、A子さんと同じようにある種の洗脳状態に陥って、先生から離れられなくなっていたかも知れません。

その後、A子さんは私の助言とは関係なく、お孫さんが生まれて忙しくなったのをきっかけに、自然とその教室から離れたようです。

やはり先生の傍に居るのは、苦しかったのだと思います。

徐々に本来の明るさがA子さんに戻り、今では以前と変わらず、私と仲良くして下さっています。

人生の師の探し方・・どうやったら人生の師に出会えるのか?

パッと見が美しかったり、口から出る言葉が自信に満ちていたり、そういう華やかな人は一瞬目を引きます。

でも「丸ごと全部この人のようになりたい!」と思い続けられるような人って、どこかに実在するんでしょうか?

私は人生の師はパーツパーツで分けて良いと思っています。神様でもあるまいし、善ばかりでできている人間なんて居ないと思うからです。

自分が大事に思う事1つ1つに、師匠を探せられたらいいなあと思っています。心の広さはこの人、正直さはこの人、親切心はこの人、冷静さはこの人・・・という風に。

1人の人間を人生の師とするのは危険も伴います。

最初は謙虚な先生でも「先生、先生」と呼ばれるうちに、なんだか自分だけが正しい、自分の言う事を聞けない人をダメな人間と見なして否定してしまう、そんな心が芽生えて来る事もあるでしょう。

そういう人を人生の師と思い定めてしまえば、A子さんのように自分の良ささえ無くしてしまう可能性も有ります。

私は後に、太極拳を習い始め、その先生の大部分を目標にしています。それがなぜなのか、良かったらこのブログ記事も読んで頂けたら嬉しいです。先生は人生の引き際も、鮮やかでした。

まとめ

私は人生の師の探し方としては、こんな風に思っています。
①自分が何を大事に思っているのかを見極める。
②その1つ1つに対して見習う事のできる人をさがす。
③見習う事が1人の人に集中してしまう時は、その人が心から謙虚な人、奢り高ぶらない人である事を確認する。
④そして①~③の全てはどんどんバージョンアップして良い。
私は干支九星を使った開運鑑定師として活動しています。

このうち①と③については干支九星でお伝え出来る事が有りますので何かの時にご利用下されば嬉しいです。

干支九九星による幸せの探し方・鑑定メニューはこちらから

 

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